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東京地方裁判所 昭和32年(行)9号 判決

判  決

東京都中野区上の原町一〇番地

原告

藤田たき

東京都武蔵野市吉祥寺一六番地

原告

小池順子

右両名訴訟代理人弁護士

久米愛

鍛冶千鶴子

東京都渋谷区松濤町二六番地

被告

安井誠一郎

右訴訟代理人弁護士

芦苅直巳

右訴訟復代理人弁護士

松井正治

石川悌二

右当事者間の昭和三二年(行)第九号損害補てん請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告らの請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

第一、原告ら訴訟代理人は、請求の趣旨として次のような判決を求めた。

一、被告は東京都に対し、金三五、一二〇、二五〇円を支払うべし。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

第二、被告訴訟代理人は、請求の趣旨に対し主文同旨の判決を求めた。

(当事者双方の主張)

第一、原告ら訴訟代理人は、請求の原因ならびに被告の主張に対する反駁として次のように述べた。

一、被告は、東京都知事に在任当時の昭和三一年八月頃、別紙目録氏名らん記載の東京都議会議員(以下単に議員という。)七八名に対し、同目録金額らん記載の右金額(総額金三五、一二〇、二五〇円)を支給する旨の支出命令を出し(以下単に支出したという。)、同人らはそれぞれこれを受領した。

二、右金員の支出は、次の理由により被告が議員に対して退職金を支給したものといわざるを得ない。

(一) 被告が別紙目録氏名らん記載の者らを議員の任期満了による退職者と認めて議員として任期満了日である昭和三〇年四月二九日に議員の資格を有していた者全員に支給を決定していること。

(二) 議員の報酬月額及びその在職年限に応じて一率に支給していること。

(三) 右金員を支給するについては所得税法第九条第一項第六号の退職所得(一時恩給及び退職給与並びにこれらの性質を有する給与)として課税された税額を源泉徴収していること。

三、議員に対する退職金の支給は次の理由によつて違法であるから、本件金員の支出は違法である。

(一) 地方自治法第二〇五条は、普通地方公共団体の常勤職員のみが退職年金又は退職一時金を受けることができる旨規定しており、非常勤職員については退職金を受けることができる旨の規定は存在しないので非常勤職員に対しては退職金を支給することができないことは明らかである。とくに議員は、公約を掲げて自ら立候補し公選されたものであるから、普通地方公共団体と雇傭関係に立つ一般地方公務員とは根本的に性格を異にするし、他に職業を持つことを禁じられていない点からみても議員に退職金の支給をすべきでないことは道理上も当然である。そして右のような解釈は自治庁によつても行われていたのである。なお昭和三一年法律第一四七号によつて新設された地方自治法第二〇四条の二は、以上の趣旨を明確ならしめた確認的立法に外ならない。

(二) 仮りに地方自治法上議員に対する退職金の支給が必ずしも許されないことではないとしても、同法第二〇三条によれば、普通地方公共団体の非常勤職員に対する報酬、費用の弁償の額、支払方法でさえ条例で定めるべき旨規定している点からすれば、議員に対する退職金その他の給付の支給は条例にもとずかなければならぬことが明白である。しかるにそのような条例は当時存在しなかつた。

(三) また議員に対する退職金の支給は議員に対する給与の一部であるから、本来予算に計上して議会費より支出すべきであるのに、被告はこれを予算に計上することなく都庁費より支出した。これは実質的には予算費目の各款相互の流用であつて違法である。

四、したがつて、被告が前記のように合計金三五、一二〇、二五〇円の公金を支出したのは違法であり、右違法な支出により東京都に対し同額の損害を与えたのであるから、その損害を補てんすべき義務がある。

五、仮りに本件金員が被告主張の東京都議会議員慰労金贈与規程(以下贈与規程という。)にもとずいて支給されたとしても、本件金員は慰労金という形式をとつたにすぎずその実質はあくまで退職金に外ならない。

(一) 議員はもとより単なる名誉職ではなく、さればこそ条例に基いて一定の報酬の支給を受けることとされているのであるから、退職者は退職者とみなされる者に対してその勤続年限に応じて計算して支払われる金員は、たとえ慰労金という名をつけているにしてもその本質は給与の一部であつて退職金に外ならないのである。

(二) 贈与規程は東京都名誉職員勤労表彰規程(以下表彰規程という。)と質的に全く異るものであるから、後者は前者の沿革的な裏付とならない。すなわち、表彰規程第一条「名誉職、参事会員又ハ市会議員ニシテ満八年以上其職ニ在リタル者ニハ記念品ヲ贈与スルコトヲ得」と規定し、同二条は「前条ニ該当スル者退職シタルトキハ其終身現任市会議員ト同様ノ取扱ヲ為スコトヲ得」と規定するなど純然たる慰労の意味を有するが、贈与規程第一条は「都議会議員が退職し又は死亡したときはその功績の程度に応じて別表に定める基準により慰労金を贈与することができる。」と規定し、実質的には退職金の支給を目的とするものであることが明らかである。

(三) 本件金員がいずれの予算費目から支出されたかはその本質を左右するものではない。

六、仮りに本件金員が贈与規程にもとずく慰労金であるとしても、その支出は次のような事実を綜合すれば被告の東京都知事としての権限の濫用であるといわなければならないから違法である。

(一) 昭和三一年法律第一四七号による地方自治法の改正により、普通地方公共団体は、その議会議員に対しいかなる給与その他の給付も法律又はこれにもとずく条例によらないでは支給することができなくなつた(同法第二〇四条の二)が、被告は、昭和三一年二月二七日、右法律の改正を見越して突如贈与規程第三条を削除し、任期満了後改選により当選し引き続いて就任した議員についても慰労金の支給を強行した。すなわち、右改正法案は昭和三〇年第二二通常国会に提出されて審議未了となつた後、昭和三一年三月の第二四通常国会に再度提出されて両院を通過し、同年六月一二月公布、同年九月一日施行されたものであるが、すでに昭和三〇年暮頃には右改正法案が第二四国会で成立する見通しが立てられていたのであり、とくに議員に対して退職金等の給付ができない旨の地方自治法第二〇四条の二の規定はすでに昭和三一年二月一七日の新聞紙上にも発表されたので被告はこれを十分承知していた。しかも地方自治庁は、右改正法公布の直後である同年六月二〇日に各普通地方公共団体に対し、改正法施行前においても改正の趣旨にそむくような当を失した給与を支給して無用の批判を招くことのないよう厳にいましめられたい旨を通達している。しかるに被告は散て改正法施行直前の同年八月頃極秘裡に本件金員を支給したのである。

(二) 本件金員はきわめて不当な予算の流用によつて支出されている。すなわち、議員に対する慰労金は、主として都庁吏員の人件費をまかなう予算費目第二款都庁第一項庁費のうち第九目第七節恩給費及び退隠料から合計金三五、一二〇、二五〇円にものぼる多額の金員を、昭和三一年度において僅か金一〇〇、〇〇〇円しか計上されていない同項第一六目諸費第八節報償費(これは主として弔慰金を目標としているもので通常少額が計上される。)に、流用して支出した。かかる多額の予算流用は、たとえそれが目節間のそれであつて、形式上は地方自治法施行令第一六一条に違反しないとしても、なお違法と解すべきである。蓋し、昭和二四年条例第一四号議会の議決を要すべき契約に関する東京都条例は、金三〇、〇〇〇、〇〇〇円以上の契約を都知事の決裁のみで結ぶことを禁じ、議会の議決を経ることを要求しているが、これによれば物品の購入ないし工事請負契約の締結についてすら都議会の議決を要するものとされているのであるから、形式上法規に違反しない目節間の予算の流用といえども、右金額を超える多額の流用を議会の承認も得ないで知事の独断で行なうことは、一種の脱法行為ともいうべきものであり、権限の濫用であることは明らかである。

被告は東京都においては本件金員程度の予算の流用が通常なされていると主張するが、かかる事実はないし、本件金員が被告のいうように少額でないことは上述のとおりである。被告はさらに贈与規程を改正した当時においては時期的に本件金員の予算措置を講ずることができなかつた旨主張するが、都議会において予算の審議が開始されたのは三月に入つてからであり、しかもその後追加予算も組まれているのであるから、被告の右主張は理由にならない。

七、地方自治法第二四三条の二に規定されている監査請求及び納税者訴訟の性質からみれば、同条第四項の損害補てん請求においては、公金の違法な支出ありとする監査請求さえなされていれば、請求の基礎事実が同一である限り監査請求において主張しなかつた事項もこれを主張することができるものと解すべきである。しかも原告は監査請求の理由説明書の全般において被告の本件支出が権限の濫用であることの趣旨を述べている。なお本件金員の支給は純然たる私法上の法律行為ではないから、私権の濫用の場合の如く権利者に対する受忍義務者の存在を必要とするものではない。

第二、被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁及び被告の主張として次のとおり述べた。

一、請求原因一記載の事実は認める。同二記載の事実は本件金員が退職金であるとの点を除いて認める。同三記載事実のうち昭和三一年法律第一四七号により地方自治法第二〇四条の二が新設されたこと、本件金員が都庁費から支出されたことは認める。同六記載事実のうち被告が贈与規程第三条を前記地方自治法の改正前に削除したこと、本件金員は予算費目のうち報償費から、恩給費及び退隠料の予算を流用して支出したこと、昭和三一年度の報償費の予算額が金一〇〇、〇〇〇円であつたことはいずれも認める。その余の原告主張事実は否認する。

二、本件金員は次のような理由によつて退職金ではなく慰労金であることが明らかである。

(一) 本件金員の支出は、議員の在職中の功労をねぎらう目的のもとに慰労金の支給を定めている贈与規程(昭和三一年二月二七日の改正後のもの)第一条、附則第二項にもとずくものである。

(二) 贈与規程を沿革的にみると、その源は明治四三年制定の表彰規程に発しており、その後都制施行後である昭和二一年四月二二日前記贈与規程として制定され、昭和一八年七月一日から適用されて昭和三一年八月三一日これを廃止するまで効力を有していた。かように右贈与規程の沿革からみてもそれが慰労金に関するものであることが明らかである。

(三) 本件金員は、東京都予算費目のうち議会費からではなく都庁費中の報償費から支出されている。

(四) 被告が七八名の議員を退職者と認めて本件金員を支給したことは直ちに右金員に退職金の性格を帯びしめるものではない。すなわち、退職に際して支給する金員は必ずしも退職金に限らない。また被告が各議員の報酬月額及びその在職に応じて一率に本件金員を支給したのは、慰労金は本来受贈者の社会的地位、功労の程度等を綜合的に勘案して認定すべきものであるが、議員の場合には政党政策を異にする多くの者の集合であるところから、その間に功労の差異を認めて慰労金の額を決定することはまさに不可能であつたために外ならない。さらに本件金員を支給するにあたつて所得税法第九条第一項第六号の退職所得としての課税額を源泉徴収しているのは、右規定にいう退職所得は退職に際して支払われる一切のものを含み、したがつて退職に際して支払われる慰労金も所得税の課税上は当然に右認定の適用を受けるためであつて、本件金員が退職金であるためではない。

三、議員に対する慰労金の支給は次のような理由によつて適法である。すなわち、地方自治法においては昭和三一年法律第一四七号による同法第二〇四条の二の新設までは普通地方公共団体の職員の退職金の支給については常勤職員についてのみ同条第二〇五条の規定があつたにとどまり非常勤職員については退職金、慰労金の支給について何らの規定も存在しなかつたので、地方議会の議員に対する退職金あるいは慰労金の支給は妥当性の問題はあるとしても違法ではなかつたのであつて、同法第一四条第二項のいわゆる条例事項にも該当しなかつたのであるから、これを支給するか否かは当該普通地方公共団体の長の専決権に属するものであつた。要するに昭和三一年法律第一四七号によつて新設された同法第二〇四条の二の規定は普通地方公共団体の非常勤職員に対する給与ないし給付につき新たな制限を加えた創設的規定であつて、単なる確認的立法ではなかつたのであり、被告が右規定の新設前に贈与規程にもとずいて議員に対し慰労金を支給したのは何ら違法ではない。

四、仮りに本件金員が慰労金ではなく退職金であつたとしても前述のとおり昭和三一年法律第一四七号による地方自治法の改正までは地方議会に対する退職金の支払は法律上何ら違法でもなく、いわゆる条例事項でもなかつたのであるから、いずれにしても本件金員の支出は適法である。

五、原告らは、本件金員の支出が被告の権限の濫用によるものであることを理由としてその違法を主張しているが、本訴は地方自治法第二四三条の二第四項に基く損害補てん請求訴訟であつて、必ず監査委員に対する監査請求を経由して提起されなければならないのであるから、右訴訟において主張しうる事項は、監査請求において主張した事項の範囲内に限られこれを拡張することは許されないものといわなければならない。しかして原告は本件金員の支出に関する監査請求において権限の濫用の主張をしていなかつたのであるから、本訴においてこれを主張することは許されないものというべきである。

六、仮りに権限の濫用の主張が許されるとしても、本件金員の支出に関する被告の権限の行使については受忍義務者が存在しないので、右権限の濫用の主張自体理由がない。仮りにそうでないとしても、本件金員の支出は次のように被告の正当な権限の行使にもとずくものであつて原告の右主張は理由がない。

(二) 本件金員の支出は、被告が東京都知事に在任中地方自治法第一四九条第一号、第四号に規定された知事の権限にもとずき、具体的には贈与規程に則つてなされたものであるが、右規程にもとずいて議員に慰労金を支給するか否かは知事の自由裁量に属し、その当否の問題は別として違法性の問額は生じない。

(二) 被告が贈与規程第三条を削除したのは次のような理由による。すなわち、本来同条の設けられていた所以のものは、議員の再選者については本来当然に同規程第一条により慰労金の支給を受ける権利があることを前提としつつ当該議員が引き続き議員としての地位を保持するところから将来その地位を失つたときに従前の既得金額をあわせて(実際は累増するので単なる加算以上となる。)慰労金を支給すれば足りるとの見地によるのであるが、被告は、かような前提に立つて一種の既得の利益が正当な理由なくして侵害とされるようなことがあれば衡平の原則にも反するし、また在職年限による慰労金の累増による予算編成上の困難を防ぐためには議員の任期満了毎に慰労金を支給することが望ましいと信じたため正当な職務行為として第三条の規定を削除したのである。

(三) 被告は贈与規程第三条を削除するとともに贈与額算定の方法を規定した別表をも改め、さらに付則第二項として「この規程適用の際現に在職する者で、昭和三〇年に行われた一般選挙において前任期間が満了し、再選された者に対しては、改正前の規程により算定された慰労金を別に知事の定める期日に贈与する。」旨を規定した。これは被告が地方自治法の改正によつて慰労金等の支給ができなくなることを見越してあらかじめ再選議員に慰労金を支給するために贈与規程を改正したものでないことを物語つている。蓋し右のような目的による改正であれば単に第三条を削除すれば足りる筈であるのに、わざわざ前述のとおり別表をも改正して将来の通常の状態における一般基準を定め、とくに付則第二項により昭和三〇年施行された選挙による再選議員につき特例条項を置いたのは、かえつて、右贈与規程の改正が将来における議員に対する慰労金の支出を予想するものであつたことを示すものである。地方自治法第二〇四条の二の創設は、国会でも又国民の間でも左程関心事とはなつていなかつたので、被告としては贈与規程の改正当時これを予測していなかつたのであり、かえつて将来は国会議員に準じて地方議会議員に対する退職金等の支給についても地方自治法に規定が置かれるものと考えていた。

(四) 原告らは、被告が改正地方自治法の公布後に本件金員を支給したことをもつて不当であると主張するが、もとより法律改正後施行までの間に新たに特別の規定を設けて支給したり、従来よりも多額の金員を支給しうるような措置を講ずることは妥当ではないとしても、前述のとおり東京都においては古くから議員に対する慰労金の贈与規程が存していたのであり、その第一条で任期を終えた議員は再選されると否とにかかわらず慰労金を支給しうるとする反面第三条で再選議員は議員の地位を全く退いてから通算して支給することを定めていたのであるから、被告が第三条を削除して本件金員を支給したのは、一種の期待権を具体化したにとどまり、とくに議員に対して創設的な意味での利益を与えたものではないから、原告の右主張はあたらない。

(五) 本件金員の支出につき予算措置が講ぜられなかつたのは次のような理由による。すなわち、昭和三一年度予算は贈与規程改正当時においてすでに編成を終り関係印刷物も作成されて都議会に付議されていたので、同年度予算に組み入れることは事実上不可能であつたし、又昭和三〇年度の追加予算のうちに組み入れなかつたのは、当時たまたま国会で審議中だつた地方公務員停年法案の成立を見こんでその成立によつて要する多額の特別退議金予算を計上していたところ、右法案が審議未了となつて特別退職金が不要となつたため、予算上余裕を生じ、これを本件金員に流用したためである。かように予算上余裕が生じた場合にはこれを次年度に繰り越すよりもそれが流用できるものであれば敢えて追加予算を組まずにこの余裕分を流用することはむしろ事務処理上も当然であり、通常しばしば行われるところである。

(六) 本件金員が予算費目のうち報償費から支出されたのはむしろ当然である。しかし現実には報償費では賄い得ないのでこれと同項内にある退職給与金中の恩給費及び退隠料より流用したが、これは地方自治法施行令第一六一条の規定にもとずいて適法に流用したものであり、本件金員程度の予算の流用は東京都においては通常行われているところである。また本件金員は慰労金として決して多額にすぎるものではない。

(証拠関係)(省略)

理由

一、被告が東京都知事に在任当時の昭和三一年八月頃、昭和三〇年四月に任期を満了し次期において再選された東京都議会議員(議員)である別紙目録氏名らん記載の七八名に対して同目録金額らん記載の各金員(本件金員)を支給すべき旨の支出命令を出し支出した。右各議員が右各金員を受領したことは当事者間に争がない。

二、原告らは、本件金員の支出は昭和三一年法律第一四七号による改正前(以下単に改正前という。)の地方自治法に違反するものであつて違法である旨主張する。昭和三一年法律第一四七号は従来まちまちであつた普通地方公共団体の給与体系を立法的に整備するとともに普通地方公共団体における給与等の支出に法律上の規整を加え、もつて間接に住民の利益を保護しようとして地方自治法第二〇四条の二の規定を設け、普通地方公共団体はいかなる給与その他の給付も法律又はこれにもとずく条例にもとずかずにはこれをその議会の議員その他普通地方公共団体の非常勤の職員(以下非常勤職員という。)及び普通地方公共団体の長その他常勤の職員(以下常勤職員という。)に支給することを禁止したので、右改正法の施行後においては、非常勤職員に対しては、改正後の同法第二〇三条に掲げる報酬、費用の弁償及び期末手当(但し期末手当は議員に対してのみ)以外の給付が許されないことは明文上明らかとなつたのであるが、かかる明文の禁止規定を欠く改正前の地方自治法の下においては、右の如き給付が可能かどうかは法文上は明瞭でない。この点に関し、原告らは、右新設の第二〇四条の二は、改正前の地方自治法の下においても当然であつたことを法文上明らかにしたにすぎない単なる宣言的規定であると主張する。しかし同規定を単なる宣言的規定と解することは正当でない。なんとなれば、同条は、ひとり非常勤職員の給与その他の給付についてのみならず常勤職員のそれについても適用せられるのであるから、もし右規定が原告主張の如く単なる宣言的規定であるとすれば、改正前においては、常勤職員に対しても法律又はこれにもとずく条例において認める給与その他の給付以外のものは支給できなかつたこととなるわけである。ところが改正前の地方自治法は、普通地方公共団体がその常勤職員に対して義務として支給すべき給与その他の給付の種類を定めたにとどまり、それ以外にいかなる種類の給与その他の給付を支給することができるかについてはなんら規定するところがなく、他方右改正前に制定施行せられた地方公務員法も、同法にいわゆる一般職に属する地方公務員の給与についてのみ規定を設け、しかもそれも、地方公共団体の支給しうる給与の種類及び内容を定めてこれによりかかる給与支給についての法的根拠を与えるというよりも、むしろ一般職の職員に対して地方自治法自体に定める給与以外にいかなる種類の給与を支給するかを各地方公共団体において自由に決定しうることを前提としつつ、単にその種類及び内容を条例で定めるべきことを規定するにとどまつている(第二四条、第二五条参照)。これによつてみれば、前記地方自治法の改正前においては、同法において定める普通地方公共団体の義務として支給すべき給与以外にいかなる種類の給与を支給するかは、すべて各普通地方公共団体の自決事項とされていたことは明らかであり、現に実際上も、かかる解釈の下に普通地方公共団体の常勤職員に対して各種各様の給与が支給せられていたのである。前記改正法は、むしろかかる無制限の自由によつて生ずる各普通地方公共団体相互間における給与の不統一や国家公務員の給与との不均衝等の弊害を是正するために、新たに地方自治法第二〇四条第二項を設けて普通地方公共団体がその裁量により常勤職員に対して支給しうる手当の種類を限定列挙するとともに、前記第二〇四条の二においてそれ以外の手当等の支給を禁止したのであつて、その意味において同条が単なる宣言的規定ではなく、創設的規定であることは明白であるといわなければならない。そして右の点は、ひとり常勤職員についてのみならず非常勤職員の場合についても妥当するものであつて、後者の場合に限つて前者の場合と異別に解さなければならない理由はどこにもないのである。もつとも、改正前の地方自治法は、前記のように第二〇五条において常勤職員について退職金の支給を規定しながら(この規定は、改正の前後を通じて変つていない。)非常務の職員についてはこれを規定していないので、原告らはこの点をとらえて、右第二〇五条の規定の反対解釈により非常勤の職員に対しては退職金の支給を禁止する趣旨と解すべきであると主張し、又非常勤の職員なかんずく議員がみずから立候補して公選されたもので、普通地方公共団体と雇傭関係に立つ一般地方公務員と根本的に性格を異にする点及び他に職業をもつことを禁じられていない点からみても、議員に退職金の支給を許さないことが道理上当然であると主張している。しかし、右第二〇五条の規定は、前述のとおり普通地方公共団体の常勤職員が退職金の支払を受ける権利、逆にいえば普通地方公共団体の常勤職員に対する退職金支払の義務を規定したにとどまるから、この規定の反対解釈としては非常勤職員は法律上当然には退職金の支払を受ける権利を有せず、普通地方公共団体にはその支払の義務がないということであり、それ以上にそもそも非常勤職員に対する退職金の支給を禁止する趣旨であるとの結論を導き出すことは相当でない。又常勤職員と非常勤職員とくに議員との間に性格その他の点において相違があることは原告主張のとおりであるとしても、このことは、両者の間に給与上の区別を設けることが政策上妥当とされる理由となるにとどまり、法律自体においてかかる区別を設けない限り(常勤職員に対しては権利として退職金の受給権を認めながら、非常勤職員にこれを認めなかつたのは、かかる法律による区別のあらわれのひとつである。)、条理上当然に両者の間に給与上の区別が存し、例えば議員に対する退職金の支給は違法であると解することはできない。要するに、改正前の地方自治法の下においては、議員に対する報酬及び費用弁償以外の給与その他の給付は禁止されておらず、したがつて本件金員の支給自体が同法の禁止に違反し違法であるとする原告らの主張は右金員の性格がいわゆる退職金に当るかどうかを論ずるまでもなく理由がないといわなければならない。

三、次に原告は、非常勤職員に対する報酬、費用弁償の額、支給方法は改正前の地方自治法第二〇三条第三項によつて条例で定めることを要求されているから、議員に対する退職金その他の給付の支給もやはり条例にもとずかなければならないと主張する。しかし同法第一四条によれば普通地方公共団体に委任された行政事務の処理に関しては法令に特別の定がある場合を除き条例で定めなければならぬものとされているけれども、それ以外の事務についてはたとえ事柄の性質上住民の意思を反映させるために議会の議決を経て条例を定めるのが適当と認められるような場合でも法律がとくに条例で定めることを要求していない限り条例を制定しなくとも必ずしも違法ではないと考えられるのみならず、前記第二〇三条第三項の規定は、同条第一項及び第二項において非常勤職員の報酬及び費用弁償請求権を認めたことに対応して、単にその額及び支給方法を条例で定むべきことを規定したものであるから、後述のように、議員の権利として認められた給与ではなく、単に恩恵的に支給されるにすぎない本件金員の給付の場合をこれと同列に論じ、右第二〇三条第三項の規定を拡張してこの場合にも条例の制定を必要とすると解することはできない。

四、原告は、本件金員は議員に対する給与の一部であるから、東京都予算費目のうち議会費から支出すべく都庁費から支出したのは違法である旨主張する。本件金員が東京都予算費目第二款第一項庁費第一六目諸費第八節報償費から支出されたことは当事者間に争がないが、本件金員が議員に対する報酬と同様の性質を有する給与であるとすれば、それは議会の運営に直接関連する経費として本来議会費から支出されるべき筋合のものと解されるから、本件金員が果してかかる性質を有するものであるかどうかについて検討する。本件金員は被告が別紙目録氏名らん記載の者らを議員の任期満了による退職者と認めて議員の報酬月額及びその在職年限に応じて一率に支給したものであること、これを支給するについては所得税法第九条第六号の退職所得として課税された税額を源泉徴収していることは当事者間に争のないところであり、原告らはかかる事実を理由として本件金員を職員に対する給与の一種としての退職金であると主張するのである。たしかに本件金員は、退職に際して報酬額及び在職年限に応じて一率に支給せられるという点においては常勤職員に対する退職金と何ら選ぶところがなく、したがつてもつぱらかかる支給形態のみに照らして社会常識的にみれば、これを給与の一種たる退職金として性格づけることもあながち不当ではないかもしれない。しかしながら、両者の間には、法律的にみれば次に述べるような根本的な性格の相違がある。常勤職員に対する退職金の制度は、もともとこれらの職員に対してその地位にある不定期間その職務に専念すべき義務を課し、兼職を禁止している(地方自治法第一七二条第二項、地方公務員法第三五条、第三八条第一項)ことと対応して、その者の退職後の生活をある程度保障する目的を以て設けられたものであり、したがつて退職金の支給は、前記のように普通地方公共団体の義務として、逆にいえばこれらの職員の権利として規定せられているのである。これに対して議員その他の非常勤職員は、通常あらかじめ定められた一定の任期中のみ在職し、かつ、その間何らかかる職務専念義務を課せられることなく、特定の公職との兼職を禁止される場合(地方自治法第九二条)の外原則として兼職を許されているし、実際上も普通地方公共団体から受ける給付の外に何らかの収入があるのが通常であるから、その具体的な勤務に対する対価としての報酬の外に、常勤職員の場合のように退職後の生活の保障としての退職金の支給の必要は必ずしもない。改正前の地方自治法が常勤職員に対して退職金受給権を認めながら非常勤職員に対してこれを認めていないのも、このような理由にもとずくものと考えられる。ただ改正前の地方自治法は前示のようにかかる非常勤職員に対しても退職金を支給することを禁じてはいなかつたのであるから、例えば条例によつて議員に対する退職金をその権利として認めることが不可能であつたわけではなく、したがつて議員に対してその退職の際支給せられる金員がその議員の権利として認められたものであり、その意味において常勤職員の受ける退職金と同一性質を有するかどうかは、個別的具体的に検討せられなければならない。ところで旧地方制度下における名誉職としての地方議会の議員に対して退職の際に若干の金品が記念品とか慰労金等の名目で贈られていたことは公知の事実であり、証人(省略)の証言によれば、東京市においても古くから東京市名誉職員勤労表彰規程が制定せられ、これにもとづいて右の如き金品の贈与が行われていた事実が認められるが、かかる金品の贈与は、一般に相当期間一定の職務に尽すいした者に対しその在任中の労苦ないしは功績に酬いる意味において自発的に金品が贈られる場合と同じく、一般吏員の退職金のように、その者の過去の労務に対する広義の反対給付ないしは退職後の生活保障的意味において支給せられ、したがつて又その者の権利として認められるところのものとは全く性質を異にするものであつたことは明白であり、このことは原告らも承認するところである。そこで本件金員についてみるに、(証拠省略)東京都では昭和二一年四月に知事が東京都議会議員慰労金贈与規程(贈与規定)を制定し、じ来議員が退職又は死亡したときは知事において右規程にもとずき議員の報酬年額及び在職年限に応じて一率に算定した金員を慰労金という名目で支給していたこと、被告の別紙目録氏名らん記載の者らに対する本件金員の支給も、同人らを議員の任期満了による退職者とみなして同規程の第一条の規定にもとずいてなされたものであることを認めることができる。しかしながら右贈与規程はもともと法規たる性質を有する規則として制定せられたものではなく、知事がみずからの事務遂行の基準ないしは方針を定めた単なる内規にすぎず、もとよりこれによつて知事を法的に払束し、退職議員に対し右規程による慰労金の請求権を認めたものではないことは明らかであるから、これにもとずく慰労金の支給も、その法律的性質においては、旧表彰規程にもとずく金品の支給の場合と同様、知事による純然たる恩恵的給付にほかならず、その意味においては本質的にはいわゆる餞別や弔慰金等の類と性質を異にするものではないといわなければならない。(かかる給付金が所得程法第九条第一項第六号の退職所得に当るものとして課税せられている事実は上記結論に影響を与えるものではない。)ただ贈与規程は、退職議員に贈られる金額を前記のように報酬の額と在職年限に応じて一定し、しかもその金額が相当高額にのぼつている点において、その社会的意味ないし機能の点において一般の退職金と選ぶところがないような観を呈しており、この点においては旧表彰規程の場合と同列に論ずることは妥当を欠くかもしれないが、しかしこのことは、その法的性質に格別の影響を及ぼすものではないのである。そうだとすれば、かかる金員を支給するに当り、議員の権利たる報酬その他の給与の支給の場合のように議会の運営に必要な経費としてこれを予算費目上議会費の款に計上してこれから支出することなく、一般の人件費、事務費と同じく都庁費の款から支出したとしても、これを以て違法とすることはできないといわなければならない。よつて原告らの上記主張は理由がない。

五、さらに原告らは、本件金員は被告が東京都知事としての権限を濫用して支出したものである旨主張するのでこの点についてつぎに判断を加える。

(一) 被告は、原告らは本件金員の支出に関する監査請求において権限の濫用による違法の主張をしなかつたので本訴においてこれを主張することは許されないと主張するが、地方自治法第二四三条の二の規定が同条第一項の監査請求の手続を経たのちでなければ同条第四項の訴訟を提起することができないとしているのは普通地方公共団体の職員に違法、不当な行為があるときはいきなり裁判所にその是正を求めるに先きだちまず監査委員に監査の機会を与えることによつて成るべく事件を普通地方公共団体内で自主的に解決させようとしただけのことで、それ以上の意味を有するわけではなく、また監査手続自体においても監査請求の理由として主張された事由以外の点にわたつて職員の行為の適否を審査することが禁じられているわけではないのであるから訴訟において監査請求の段階では主張しなかつた違法事由を新たに主張することが許されないと解さなければならない理由はない。したがつて被告の右主張は理由がない。また被告は、本件金員の支出に関する被告の権限の行使については受恩義務者が存在しないので権限濫用の主張はそれ自体理由がないと主張するが、およそ権限の行使につきその行使の結果を受忍すべき義務ある者がなければ権限の濫用ということはありえないというが如きは法理上の根拠なき議論であつて、このような特定の受忍義務者が存在しない場合であつても、およそ法律上一定の目的のために与えられた権限がその法の定める目的に背馳し又はこれを逸脱して行使された場合には、これを権限の濫用として違法とすることになんらの妨げはないというべきであるから、被告の右主張も理由がない。よつて進んで、本件金員の支出が被告の東京都知事としての権限の濫用であるかどうかを判断する。

(二)  東京都では昭和二一年四月の贈与規程制定以来議員が退職又は死亡したとき知事において右規程にもとずき議員の報酬年額及び在職年限に応じて一率に算定した慰労金を支給していたことは前記認定のとおりであり、(証拠省略)昭和三一年二月二七日に右規程の改正が行われるまでは二期以上引き続き議員として在職した者については任期を通算して慰労金の金額を算定することにして各期満了毎にはその支給をしていなかつたこと、昭和三一年二月二七日に被告が従来の贈与規程第三条(任期満了後改選により当選し、引き続き就任した者に対しては右任期満了の際には慰労金を贈与しない趣旨の規定)を削除し、慰労金算定の基準を定める別表を改正するとともにその当時在職する議員で前任期間が満了した後昭和三〇年の一般選挙で再選された者に対しては従前の規定により算定した慰労金を贈与する旨の附則第二項を設けたこと、別紙目録氏名らん記載の者らがいずれも昭和三〇年四月に議員の任期を満了し、さらに同年の一般選挙で議員に再選された者であること、被告が別紙目録氏名らん記載の者らを右のとおり改正した後の贈与規程第一条にいう議員の退職者と認めてそれぞれ同規程附則第二項、改正前の添付別表にもとずいて算定された本件金員を慰労金として支給したことが認められ、右認定に反する証拠は存在しない。

(三)  原告らは、被告が昭和三一年二月二七日に贈与規程第三条を削除したのは地方自治法の改正によつて議員に対し慰労金の給付ができなくなることを見越してその改正前に本件金員の支給を強行するためであつたと主張する。(証拠省略)昭和二七年頃から政府部内には普通地方公共団体の常勤並びに非常勤の職員に対する給与体系の整備を含めて地方自治法を相当大巾に改正しようとする動きがあつたが、昭和三一年二月一七日の日本経済新聞紙上に第二四国会に提出される予定の地方自治法改正案の中に普通地方公共団体の議会の議員に対する退職金、慰労金等の支給を禁ずる趣旨の条項が含まれているという報道がなされた頃からかねて地方議会議員に対する退職金、慰労金等の支給の妥当性が世上問題となつたこともあつて一部の国民の間に右改正法に関する関心が深まつていたこと、少くとも政府部内や普通地方公共団体の関係者間には小さからぬ関心事であつたことがうかがわれ、東京都の長として地方自治の法制に強い関心を持つはずの被告が右改正の動きを全く知らなかつたとは考えがたい。(中略)他方において昭和三一年二月二七日の贈与規程改正の結果同規程第三条が削除されることによつて従来は慰労金支給の対象から除外されていた任期満了後再選され、引き続いて就任した議員も任期満了のたびに慰労金の支給を受けることとなり、とくに当時の現任議員で昭和三〇年四月に任期満了してその直後の一般選挙で再選された議員については附則第二項で改正前の規程により算定した慰労金を別途に知事の定める期日に支給する旨が定められたことや、改正地方自治法の公布後の昭和三一年六月地方自治庁次長から各都道府県知事に対して右改正法施行の前であつても改正の趣旨に背く給与の支給は控えるべき旨の通達が出されている(中略)のに右改正法施行直前の昭和三一年八月頃その支給を実施したこと、本件金員の支給はあたかも人目をはばかる如く秘密裡に行われた形跡があること(中略)などの点から、右贈与規程の改正はあたかも地方自治法改正の結果現任議員に対する慰労金の支払ができなくなることを見越してとくに現任の再選議員に対して慰労金の支給を強行せんとしたものではないか、そしてそこに不明朗な要素が存するのではないかという疑問を抱かれるのも無理からぬところであろう。しかし、被告が贈与規程第三条の規定を削除すると同時に別表の内容をも改正して慰労金の算定基準を改め、将来なお慰労金を支給する場合があることを予定するような形をとつているところからみれば、右贈与規程の改正はもつぱら地方自治法の改正によつて将来議員に対し慰労金の支給が不可能となることを予想して現議員に対するその支給を強行するためにのみ行われたものであるとは認めがたいし、(中略)すでに昭和三〇年七月頃から、議会の議員は任期満了によつて退職するものであつて、その者が再選されるかどうかはいつたん発生した退職の事実を動かすものではないから、むしろ任期満了による退職と同時にその後再選されると否とにかかわらず慰労金を支払うのが理論上も妥当であるし、又実際上も従来のように再選議員に対して各期毎に慰労金を支払うことなく後に通算して支払うことにすると一時に多額の金員を準備しなければならないから予算措置を円滑ならしめるという観点からいつて再選されると否とを問わず一率に任期満了毎に慰労金を支給することとするのが好ましいという意見が部内にあり、被告が贈与規程を改正してその第三条を削除したのもかかる部内の意見を容れたことが一つの理由となつていることがうかがわれるし、また昭和三一年六月に地方自治法の改正案が国会を通過してその施行後は議員に対する慰労金の支給ができなくなることが確定された後に、しかも前述のとおり地方自治庁が各都道府県知事に対し改正法施行前でも改正の趣旨に背く給与の支給を控えるべき旨の通達が出された後になつてなお本件金員を支給したのは、昭和三〇年四月に任期満了した議員のうち再選されなかつた者に対してはすでに同年七月頃慰労金を支給済であるのに同じ任期満了による退職者でありながらたまたま再選されたために終了した任期分の慰労金を先にのばされている議員に対し慰労金を全く支給しないということは公平を失するのではないかという部内の意見を被告が容れた結果改正法の施行に先きだつてこれを支給したものであることがうかがわれる。なおまた(証拠省略)右地方自治法の改正前においては全国の都道府県及び五大都市等においては金額の差こそあれ退職金、慰労金、功労金などの名目で議員の退職に際して一定の金員を支給するのがその当否は別としてむしろ通常の有様であつたことがうかがわれるのであつて、これらのことをかれこれ斟酌すると、被告が地方自治法の改正に先きだつて贈与規程第三条を削除し、その施行直前になつて別紙目録記載の者らに本件金員を支給したことは議員の本来の職務の性格、地方自治法改正の精神からいつて必らずしも妥当でない(たとえ退職者間の均衡をはかるという理由があるにせよ)点があることを否定しえないとしても、また被告がその東京都知事としての権限を濫用したことを肯定せしむべき事由とはなし難いといわなければならない。

(四)  本件金員が東京都予算費目第二款都庁費第一項庁費第九目退職給与金第七節恩給及び退隠料の予算金額のうちから同項第一六目諸費第八節報償費に流用して支給されたこと、昭和三一年度の各報償費の予算計上が金一〇〇、〇〇〇円であつたことは当事者間に争がない。原告らは僅か金一〇〇、〇〇〇円しか計上されていない費目に他の費目から合計金三五、〇〇〇、〇〇〇円にものぼる金額の予算を流用して本件金員を支給したことをもつて被告の権利濫用を裏付ける事由の一つとしているが、(証拠省略)被告が本件金員につき追加予算を組むことなく恩給費及び退隠料の予算を流用したのは次のような理由によるものであつたことが認められる。すなわち、議員に対する慰労金の支給については従来は例外なく追加予算を組むなどの予算措置が講じられていたし、昭和三〇年七月に同年四月に任期満了した非再選議員の場合にも追加予算を組んで支給したが、本件金員支給の場合は、たまたま昭和三〇年末の国会に地方公務員停年法案が提出され、東京都としてはその成立を見込んでそれに伴つて必要とされる多額の特別退職金を昭和三一年度の恩給及び退隠料の予算費目に計上していたところ、右法案が審議未了となつて予算に計上済の退職金が不要となつたので、これを本件金員に流用したものである。かような場合には、本来の筋からいえば不要となつた恩給費及び退隠料の予算はこれを返上し、別に慰労金について追加予算を組むのが正道であろうが、本件のように予算流用の認められる費目相互間の場合においてはかかる繁雑な措置をとるまでもなく予算流用によつてまかなうことは実際上の取扱としてしばしばみられるところであつて、被告がかかる取扱をしたこと自体をもつて直ちにその権限の濫用ということはできない。もつとも本件においては、流用金額が三五、〇〇〇、〇〇〇円にのぼる相当多額の金額であり、原告らもこの点をとらえて、議会の議決を要すべき契約に関する東京都条例によれば金三〇、〇〇〇、〇〇〇円以上の契約の締結については議会の議決を経ることが要求されていることからみても、合計金三五、〇〇〇、〇〇〇円にのぼる本件金員の支出については当然議会の議決を経るべく、被告限りの専断を以て予算流用の方法によつて右の支出を決定したのは権限の濫用であると主張している。しかし、右条例は地方公共団体の財政上の負担となる多額の契約の締結については議会の承認を要することを定めたにとどまり、このことから直ちに右金額を超える予算の流用についても議会の議決を経なければならないということはできないし、仮りにそれが実際上妥当を欠く措置であるといいうるとしても、かかる不当は監査委員の監査や議会が知事の決算報告を承認するかどうかを決定する際に問疑すべき問題であるにとどまり、これを以て法律上も知事の権限濫用であつて違法であると解することはできない。よつて原告らの右主張も採用し難い。

六、以上の次第で、被告による本件金員の支出を違法とする原告らの主張はすべて理由がないから、これが違法であることを前提とする原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく失当として棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 浅 沼  武

裁判官 中 村 治 朗

裁判官 小 中 信 幸

別紙目録(省略)

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